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スラリと長身のメタセコイアの樹木が林立する安らぎの別所沼公園は当社のすぐ近くにあります。(写真をクリックすると反対側から見た冬と夏の風景です)浦和は「鎌倉文士に浦和画家」と言われるくらい画家の多い香り高い文教都市です。又、ケーキとパスタの消費量が日本一であるという統計もある食都でもあり、江戸時代からうなぎの名産地としても有名で 町にはおいしいうなぎ屋さんがたくさんあります。そしてなんといっても浦和レッズのホームタウン。昨年はアジアチャンピオンにも輝き国内ばかりでなく サッカータウン浦和の名は世界に轟いています。
その他当社から半径1km以内にはウサギの守り神で有名な調神社。日本を代表する建築家、前川国男、黒川紀章のそれぞれの代表作、埼玉会館と埼玉県立美術館などであった自慢のおすすめスポットです。そして浦和駅から当社へ向かう「うら門通り商店街」はレトロな香りの個性的な通りとして近年人気を集めています。



当社の近くにあるかつての八百屋さんの壁には、いつもこんな絵や文字が描かれて町行く人々の目をひいていました。



氷川女体神社。線路を越えて東の方へ行けば・・その昔海が後退したあとの湖を干拓してできた 田圃を望むようにこの由緒ある神社はあります。



市内の緑区には復元された日本最古の閘門式運河の見沼通船堀があり、1982年に国の史跡に指定されました。 閘門式運河とは水位に大きな差がある場所で両側に水門を作って間に水を溜め水位調節を行いながら船を通す というものでパナマ運河が有名です。この通船堀は江戸時代の内陸水運で重要な役割を果たしましたが 毎年8月下旬には実際に当時行われた水位調整の実演が見られるそうです。右下の写真は復元される前の様子を 川に入って撮ったものです。


空から降り立ってきたところは見沼田んぼ東縁の斜面林です。



見沼田んぼにある公園には、唱歌「案山子発祥の地」というモニュメントも立っています。子供の頃に親しんできたあの「山田の中の一本足のかかし〜♪」の歌です。その作詞者がこの地で生まれ育った武笠三であることはほとんど知られていません。というのは、著作権意識の乏しかった明治時代のことだったので、国家教科書の編さん官であった武笠三が作詞者であることが必ずしも強調されなかったためだろうといわれています。